保育所における乳幼児の事故防止対策に関する調査研究報告書
4. 総合的考察

(1) 事故防止と安全管理の重要性
巷野悟郎研究員


1. 子どもの発育と事故
 人の子は全く無防備の状態で生まれ、当初の動作といえば人類誕生以来の原始反射のみである。口唇に乳首が触れればそれをとらえて吸い、乳を飲むし、突然の音やからだに触れられると手足を伸ばし、やがて抱きかかえるような動作をとる。手のひらに触れると指を曲げてそれを握ろうとする。生きるための最低限の反射的な動作が、長い歴史のなかで残存しているに過ぎない。その後、手をかけて育てているうちに次第に自ら手を差しのべて物を握ったり、寝返りをしたり、はいはいをしたりできるようになる。そこには運動発達の原則があって、中枢にある脳に近いところがら末端へ向かって運動機能が発達して、自ら目的のある行動ができるまでになる。そのような運動機能の発達に平行して、精神知能が発達し、集団生活のなかへ溶け込んでいけるようになる。
 普段の遊びのなかでは、危険なことを感じとって自らの身を守ることを覚え、感染症を繰り返しながら免疫力がつき、病気に対する抵抗力も備わっていく。
 このような段階のなかで、子どもは常に試行錯誤を繰り返している。初期の段階における原始反射をとっても、口に触れたものをとらえるという行動が見られるから、もしからだにとって危険な物が口唇に触れたときも、善悪を判断することなく、反射的にそれを受け入れてしまうことがある。産休明けの保育では栄養としては乳を飲むのみであるが、誤って乳以外の液体を与えても原始反射が残存している限り飲んでしまう。間もなく「押し出し反射」といって、液体以外の固形物は押し出してしまう反射が消失して、離乳食を受け入れられるようになると、離乳食そのものをのどにつめてしまうということが起きる。
 半年を過ぎてお座りやはいはいが始まると、子どもの周囲には、興味をひくものが多くなる。手で持った物を口にするということができるようになると、誤飲事故が起こる。家庭の事故で最も多いのが煙草ということは、身近に吸い殻や煙草の箱があるからで、乳児期の誤飲の第一位である。
 1歳を過ぎる頃になると、食べる物と日常のおもちゃなどとの区別がついてくるが、それでもなお誤った物を口にしての窒息事故は絶えない。
 子どもが未熟から成熟へと心やからだが発達していく段階では、環境とのかかわりが大切である。それは一方では事故と隣り合わせにあるということだから、日常の保育では常に危険を念頭において、注意の目を光らせていなければならない。
 しかし一方では、その事故と隣り合わせにある保育が子どもの発達を促すということでもある。子どもの遊びは常に自分中心で、興味のある物には、発達に応じて積極的にかかわっていく。それがどのような対象物であるか知らないままにかかわるのであるから、からだにとって危害を与えることもある。そのからだへの侵襲が障害を発生すると、子どもは防御反射で、手を引くような行動をとる。このようなことを繰り返しながら、対象物とのかかわり方を覚えていくということで、危険を回避する方法を身につけていく。
 従って発育する子どもにとって、安全は大切なことであるが、日常の些細な事故は必要悪であるということを理解した上で、大きな事故に気をつける保育が腰となる。「安全に力を入れる」か、「少しぐらいの事故は必要悪として認める保育」をとるかは、子どもの発育に大きくかかわっていく要因である。

2. 病気と事故
 子どもの健康にとっての強敵は「病気と事故」である。乳児が集団生活に適応していく過程では、いずれも避けて通ることのできない身体的社会的な問題である。
 生命の究極である死亡率という数字が、社会状態の一つの指標として重視されるのはそのためである。ことに乳児死亡率すなわち0歳児の死亡については、社会がどの程度乳児の健康に力を尽くしているかということでもある。昔から「乳児死亡率は一国文化のバロメーター」という言葉がある出生千に対して、1年間にそのうち何人の乳児が死亡するかが乳児死亡率である。わが国のそれは、明治・大正の頃は150前後で、およそ1年間で7人に1人の乳児が死亡していた。その後次第に減少し、戦後の死亡率70はその後10年毎に2分の1に減少して近年は3人台である。即ち現在は赤ちゃんが千人生まれても、そのなかで死亡する数は3人で、世界最低の数字に到達している。このことは乳児ばかりでなく、保育所で対象とする入学前までの乳幼児死亡も減少してきたということである。
 死亡の中で、かつては肺炎や消化不良症、感染症によるものが多かったが、戦後は予防事接種の普及や、環境衛生の向上、栄養状態の改善から乳幼児に多い感染症は減少して、生まれつきの病気が残り、ことに事故がクローズアップされてきた。
 諸外国において子どもの事故については、早くから社会問題として大きく取り上げられ対策をとった結果、かなり減少している。それに反してWHOがまとめた国際統計を見ると、わが国の小児の事故による死亡は依然として多い。

表A 不慮の事故による死亡率(国際比較)
国名 0歳
(出生10万対)
1〜4歳
(1〜4歳人口10万対)
 日本             (1994) 25.84 11.71
 スウェーデン        (1995) 4.84 4.11
 イングランド・ウェールズ (1995) 7.41 5.04
 デンマーク          (1993) 4.45 5.88
 イタリア            (1993) 12.49 6.11
 オランダ           (1995) 5.25 7.70
 ベルギー           (1992) 12.02 9.96
 ドイツ             (1995) 9.28 8.40
(資料) WHO「World Health Statistics Annual」

表B年齢階級別、不慮の事故の死因別割合 平成10年

(%)

年齢

 死因
0歳 1〜4歳 5〜9歳 10〜14歳 15〜19歳
 総数 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0
 交通事故 5.6 36.6 51.3 51.4 83.3
 転倒・転落 4.1 7.5 4.2 7.1 4.8
 不慮の溺死及び溺水 6.3 27.0 28.3 21.9 6.3
 不慮の窒息 73.2 13.4 5.1 8.6 1.4
 煙、火及び火災への曝露 1.5 10.4 7.4 3.8 1.1
 不慮の中毒 0.4 0.2 0.3 1.0 1.0
 その他 8.9 5.2 3.4 6.2 2.0
(資料) 厚生省「人口動態統計」

 わが国の事故死のなかで多いのは窒息である。このなかにはふとんや乳棒、離乳食などによる窒息死が含まれる。(このような統計の中には問題となっている乳幼児突然死症候群(SIDS)も含まれていたが現在はSIDSは不慮の事故に含まれないで、独立した死因として数えられている)
 死に至らないまでも、乳幼児期は日常の保育中に、多種多様の事故が発生していることは、各園から報告されている統計からも推測される。切り傷、刺し傷などに始まって打撲が多く、転倒は身体各部分への侵襲となり、ことに頭部打撲は経過を見なければならないことが多いので、保育者にも家族にも精神的な苦痛が大きい。
 SIDSはその原因が明らかでない。あるとき突然呼吸が停止して死亡するのであるから、近年盛んになってきた0歳児保育のためにも、普段から呼吸蘇生法の修練が必要となってきた。また保育指針にも書いてあるように、乳児保育に当たって、SIDS予防のために「うつぶせ寝」を避けるということになっているが、原因はそれほど簡単なことではないので、睡眠時の観察が強調されている。
 乳幼児死亡率が減少してきた現在、SIDSの予防のような大きな問題が突出してきたことは、これからの0歳児保育のあり方を見直していかなければならないことを意味している。

3. 保育所における事故予防の重要性(責任)
 保育所は、時間を限って保育を委託されているのであるから、その間子どもに対するあらゆる責任がある。家庭でも病気をしたり、不慮の事故に遭遇するが、保育所は親に代わって保育を委託されているのであるから、その間子どもの病気や事故は避けて通ることはできないといっても、できるだけそれを少なくす義務がある。ひと度病気や事故が発生したときには、家庭と保育所との普段からの人間関係や、保育所職員の日頃の研究など、様々な要因に関係して、そのときの病気や事故の予防や対応の仕方が、問われることになる。
 子どもの発育の特徴でも述べたように、子どもは事故は全く避けて通ることはできないと言っても、家庭の親以上に事故を予防する対策をとることは、委託保育として最重要課題として認識しなければならない。そこで事故を予防といっても、内容は場面によって異なるので、次のように考えてみたい。
イ 乳幼児自身が招く事故
 乳幼児は、自身の行動が事故発生の原因でもある。はいはいや一人歩きが未熟であれば些細なことで転倒し、打撲や切り傷などは日常的である。遊びの対象となる器物を叩くことは子どもにとって喜びであり満足で、そのようなことが発達を促すとしても、置いてある場所や持ち方によっては自分自身に危害を加えることになろう。手に持った物を口にして誤飲するもの、自分自身の問題であるけれど、このような未熟な子どもを保育する立場にある者の責任は大きい。
 乳幼児が未熟であるということを認めた上での保育であるから、事故を起こさないような環境の整備、気配りなどが必要となる。それには月齢、年齢、現在どのような発育段階にあるか、常に念頭において子どもを監視し手を差しのべなければならない。環境の整備といっても、あまり神経質に予防対策をとれば、子どもの発育にとって必ずしも適当でないことがあるから、そこには保育者としての方針もかかわってくるであろう。健全な保育と些細な事故は、常に隣り合わせにあるということで、その場の子どもの様子を見守り判断していかなければならない。
ロ 保育現場の環境と事故
 多くの場合事故は子どもの側から起こすことではあるが、保育現場が事故を起こしやすい環境にあれば、保育所の責任は大きい。今回の調査においても保育所は安全の点検に力を入れているが、それでも事故は起こるということを考えると、保育現場での安全点検の意味は大きい。
ハ 保育所職員と事故
 子どもはいつ事故を起こすかわからないから、職員は常に子どもたちを周到に観察していなければならない。子ども同士のけんかが事故につながることがあるし、沢山の中の一人が知らない間に室外に出て事故を起こすこともあろう。3歳頃までの乳幼児は常に自己中心の行動をとるから、集団保育では四方に目を向けなければならない。事故を起こした経験のある人は、異口同音に「ほんのちょっと目を離したすきに」という。からだにかけた紐が突起物にひっかかって、そのために首をしめ窒息した例がある。ビニールプールで遊んでいた10か月の乳児が、わずか10cmの水の深さで溺水という例もある。複数の幼児を腰掛けさせて離乳食を順次与えている間に、のどにつめた例がある。集団保育にはよい点が多いけれど、常に一人ひとりの様子を観察することが大切である。そして臨機応変の対応が必要で、保育指針には随所に一人ひとりの保育という言葉があるのは、まさにこのことを指しているのである。

4. 安全管理と職員の安全教育
 この調査報告でも、施設・設備や固定遊具などについての安全点検についてくわしく調査している。子どもは未熟な動作である上に真新しい物への関心が強く、好奇心で育っていると言えるほどだから、対象物に対する関心は大きい。それが事故につながる。
 しかも年齢差の大きい乳幼児であるから、保育園では安全に対してどのような注意が必要かという問題にせまられる。すべてを1歳児、2歳児を対象としたとするならば、年長児にとっては、適切な環境と言えない。年長児を対象とすれば、幼若児では危険なものが多いであろう。また子どもたちの行動範囲からも危険を考えなければならない。「安全と保育」「安全と発育」という相いれない要素のもとでの点検に当たっては、常に前向きの考え方が必要であり、その上にたっての安全点検で、乳幼児に起こりやすい事故のすべてに対応する必要がある。
 職員に対しては、子どもの安全を第一に考える保育を徹底するが、「安全と保育」の関係を十分に理解するように努めなければならない。すべてが安全のための保育となると、保育は消極的になる。「危ない、危ない」が子どもの遊びの意欲を欠いてしまい、結果的に事故の発生は防げても、子どもの発育を抑えてしまう。積極的な心やからだの健康づくりを推進することになれば、ややもすれば安全への配慮を少なくしてしまう。しかしそれで事故もなく過ごしていると、いつの間にか事故を忘れ、それで自信を持つようになってしまう。そしていっか事故を発生したときに、それまでの保育が反省されることがある。
 近年、社会全般で「危機管理」が強調されてきた。そのときのための普段の安全管理は無駄なように見えるが、すべてのことを考えてふだんから対策をとることの意味が大きい。それは保育者が環境に気配りをすることを習慣づけるだけでなく、子ども達にとっても生活のあり方や、集団生活の大切さを教えることである。安全とは、人が作るものであり、一人ひとりが考えることだということを、子どもの頃から感じとらせるような保育でありたい。

5. 救急処置の知識と技術の習得
 からだが物とのかかわりで障害を起こす状態を事故といって、転倒や打撲はごく一般的であり、異物と口、鼻、目、耳とのかかわりなど生活のあらゆる場面で事故を起こす。事故の結果、からだに軽度から重度に至る障害を起こし、ときにはそれが生命にかかわることがある。
 そこでそのような事故で起こった障害に対して、軽度の場合は保育所内で処置が行われるし、生命にかかわる、或いはかかわると考えられる事故の場合には、直ちに医療を受けなければならない。
 一般に、今直ちに医者の治療をして大事に至らないようにすることを救急処置といい、程度が重くできるだけ早く治療を受けなければならないが、差し当たって何らかの手当てをすることを応急処置と呼んでいる。両者を合わせて救急処置と言うが、軽度の場合を応急処置、重症で早く医療を必要とする場合を救急処置と分けて言うこともある。これらの事故による障害は、放置しておくことができない場合がほとんどなので、医療を受ける受けないに係わらず、その場で直ちに判断して処置をしなければならない。
 保育所で多く見られるのに、切り傷、すり傷などがある。ほとんどの傷は皮膚の障害ばかりでなく、そのときの環境によって汚染されているから、清潔と傷の手当てが必要となる。水道水でよく傷口を洗い流し、念のため消毒液を塗り、傷口を守るために包帯を当てることがある。
 事故による身体の障害は様々であり、程度があるが、次にあげる5項目については救急を要し、そのときの処置によっては生命にかかわることがあるので、医療機関に連絡をする。それまでの間、側にいる誰かが救急処置をしなければならない。時間との勝負なので、普段から知識と救急処置の技術を身につけておく必要がある。

 心臓停止――生命に大きく関係する状態なので、直ちに心臓マッサージが必要となる。保育所職員を対象として心臓マッサージ、次に述べる人工呼吸法を実施している保育園が多くなってきた。
 呼吸停止――溺水や誤飲などによって呼吸停止することは、必ずしも稀ではない。2分くらい呼吸が停止すると、脳へいく酸素が欠乏するので、その後蘇生しても意識が戻らず脳障害を残すことがある。人工蘇生がうまく行われているかどうかを知ることができる人形を利用して練習し、事故に備えているところがある。
 出血――些細な傷であれば出血も少量で自然に止血する。大きい血管の場合は直ちに止血しないと生命にかかわる。その部位によるが、指、手などで出血部位を圧迫し、専門的医療を受けるようにする。
 やけど――流れ出る水道水のなかで冷やす。昔は油や味噌などを塗るようなことが行われていたが、今は医師の治療を受けるまでに十分に冷やすようになった。感染の防止とやけどした部分の炎症を弱めるためである。
 誤飲――のどにつめたときは呼吸困難となる。無理をして取ろうとするとかえってのどの奥につめてしまうことがある。上半身を低くしてからだを支え、背中を強く打って吐きださせる。叩くことによって肺の中に残っていた空気を排出させて、その力で吐きださせる。呼吸困難がなくても、むせて咳込むようなときは、気管支の中につめていることがある。咳が落ちついてもその後数日間は経過を見る必要がある。ことに豆類をつめたときには、時日の経過とともに豆が気道の中で腐敗して肺炎を起こすことがある。
 異物を飲み込んでも胃に到達すれば大抵のものはそのまま排出される。もし化学的な物であると、それが吸収されて生命に影響する。指を入れて吐かせるか、吐きにくいときには水や牛乳などを飲ませてから吐かせる。しかし対象物によっては水や牛乳を飲ませると、かえってそれが吸収しやすくなり、中毒症状を起こすので、何を飲ませるかは異物によって異なる。
 救急処置の方法を掲示しておくと役に立つ。また全国2か所に中毒情報センターがある。電話番号を掲載しておくとよい。

6. 嘱託医・関連医療機関との連携
 事故はいつ何処でどのような状態で起こるか分からない。それに対して、普段から救急処置の知識や技術を身につけておかなければならない。そして多くの場合は保育所での応急処置で、あとは経過を見るということになるが、程度によっては主治医に相談したり、また専門的医療を必要とすることがある。それには一刻もできない場合もあるから、普段から緊急の場合に連絡しやすい医療機関と連携をとっておくようにする。事故の多くは昼間だから、医療機関との連絡は容易であるが、近年は早朝保育、延長保育、或いは夜間保育ということで一般医療機関では診療時間外ということもあろう。そのようなとき、地域によっては救急指定病院があるから、情報に注意して掲示しておくと、いざというときに心強い。
 地域の医療機関の情報や選択については、嘱託医に相談し、医療機関と嘱託医との情報の伝達が円滑にいくようにすることが、事故への対応や経過を知るなどの点で好都合である。

7. 事故の記録
 事故は、それによって起こった障害がどのような程度にせよ、保育所の責任ということで考える。些細な事故は止むを得ないことであり、子どもの発育にとって避けて通ることはできないとはいえ、家族の考え方と異なるとき、気まずい思いをし、時には訴訟ということにもなりかねない。保育所としては最善のことをしても、それが相手に通じないことがあるので、事故が発生したときには、記録を残すようにする。
 「何時頃・何処でどのような状態で、どのような事故か」の記録はその後の家族との対手応に際して必要である。
 「事故に対してどのような処置をとったか、傷に対してはよく洗ったか、消毒、打撲に対して安静にしたが、症状は、誤飲に対して直ちにどのような処置をしたか」などを記載する。
 「処置は何時頃、誰が担当したか、他に誰がいたか」の記載は信憑性に関係する。医者に相談したときは、その時刻と医者の意見を記録する。
 救急車を呼んだ時刻、親へ連絡した時刻、内容など。
 記録したときは必ず記録者の「名前を明記」する。
 以上のなかで、事故の程度をどう判断し、どう対処したかは最も大切な記載である。障害の内容によっては、後日にまで影響していくことがあるので、的確な対応が保護者に通じなければ、お互いの不信感はつのるばかりである。記録してあったために、保護者と保育者の信頼関係が事故を機会に、以前にも増して強くなっていったという例もある。

 

8. 保育所と家庭との連携
 保育される子どもの立場で考えれば、多くの場合昼間が保育所で、夜間が家庭という二重の生活である。しかも発育途上にあるから、基本的な食事や睡眠などについては、保育所と家庭との連携が必要である。保育所は保育所のスケジュールで、家庭は家庭の考え方言で子どもに接するならば、食事や睡眠は混乱するであろう。時には育児上の多くの問題が起こる。
 そこで常に家庭からの情報、そして保育園での保育の様子などの情報交換が必要である。ことに幼若児の場合は、まだ生活リズムが定まっていないから、保育所と家庭との連携がうまくいっていないときには、その後の発育に大きく影響して、心やからだに様々な問題を起こすことがある。
 保育所と家庭との連携は常時必要で、それがうまく進行しているということは、保育士と家族との信頼関係が十分であるということの証左である。それは子どもの発育にとって健康的な状態にあると言えよう。
 そして日常の保育が円滑であれば、事故が起こったときも、お互いの理解が早い。事故をマイナス指向でなく、プラス指向にもっていけるような保育が理想であり、それは普段の家庭と保育園との緊密な連携の結果によるのである。

(2) 保育所における事故防止対策

荻須隆雄研究員

はじめに
 保育所の保育における子どもの健康と安全に対する配慮は、直接、子どもの生命に関わることであることから、子どもの入所初日から十二分な配慮がなされなければならない。保育所における事故防止対策は、それほど重要な事柄ではないという考えをもつ者はいないであろうし、全ての保育所で、乳幼児の事故防止のための万全な対策が講じられているものと思う。
 ところで、日本体育・学校健康センター(以下、センターと略記)により定期的に公表されている「学校管理下の災害」に示される全国の保育所における事故(災害:日本体育・学校健康センター法では、災害=負傷、疾病、障害または死亡)の発生件数を減少させることはできないのであろうか。また同様に、センターは、「学校管理下の死亡・障害」により致死事故、治癒後に精神的・身体的な段損状態(障害)を残すような事故を未然に防ぐことはできないのであろうか。
 事故は、原因があっての結果である。すなわち、原因を取り除くことにより、事故は未然に防ぐことができると考えられるが、災害共済給付を申請するような事故は、未然に防止できない出来事と受け止められているであろうか。
 本調査は、保育所では事故防止をどのように捉え、また、具体的にその対策はどう講じられているかについて実態を把握し、今後のあり方を検討することを目的として、さまざまな側面からの質問を設けて実施された。
 本節では、調査結果から若干の考察を加えながら、今後の保育所における事故防止対策のあり方について述べてみたい。

1. 安全管理・安全指導
 保育所の事故防止に関する調査研究結果を掲載したある学術学会誌に、「『安全管理』を強調し過ぎることは、保育を萎縮させてしまう」という保育士の意見が事例として紹介されていた。これは、保育所における事故防止の視点から適切な意見であろうか。
 また、園庭の固定遊具による事故防止のために、遊具を全て撤去してしまったり、使用できないようにしてしまったという幼稚園の例を聞いたことがある。確かに固定遊具をなくし、使用できないようにすれば、遊具による事故はなくなる。しかし、子どもの遊び・活動の場は、園庭や固定遊具だけではない。保育室、廊下、玄関等での事故や机、椅子、各種の道具等による事故もある。事故にむすびつく施設・設備や子どもが手にする様々なものを取り除けば確かにそれらによる事故は未然に防ぐことが可能となる。しかし、これで保育は可能となるのであろうか。
 日本体育・学校健康センター法、学校保健法をはじめとする関連法令では、義務教育諸学校、高等学校における安全を「学校安全」ととらえ、「安全教育」「安全管理」をその主要な柱としている。前者の「安全教育」は、さらに「安全学習」と「安全指導」とによって構成されている。「学校安全」の考え方は、学校教育機関ではない保育所では、その制度や対象とされる子どもの年齢等から、そのまま適用しない概念ではあろうが、事故防止、安全指導等の目的、基本的内容を理解するうえで参考となろう。学校安全の構成・内容を概略的に次の図で紹介しておこう。


図:学校安全の構成・内容

 玄関・昇降口や廊下を例にとってみると、晴天時と雨天・降雪時、あるいは梅雨時の湿度が高い時等では、床面が濡れていたり、水滴が点在していると、建物の構造は同じであっても、その周辺の環境条件は異なってくる。このよう状況下に加えて、子どもの履物の状態や行動の仕方によって、転倒事故が起きやすくなる。雨天・降雪時は、昇降口等での転倒を防止するために、床面をこまめに拭いたり、布製のマットを敷いて水滴を吸収させる等の対応をとるであろう。このように、天候によって事故防止の対応(安全管理)は異なってこなければならない。そのうえ、このような環境条件下では、「廊下を走らないように。雨傘は所定の場所に」などといった注意を促すことのほか、昇降口をこまめに拭くなどの対応は、言うまでもなく乳幼児に求めることではなく、保育士等大人が行うことである。あまりにも細かな例を挙げたが、このように「安全管理」は、決して子どもの行動を規制することではなく、保育士等職員にとっては重視されなければならない重要な内容である。
 個々の子どもの性格(パーソナリティ)、仲間との関係の作り方や対応の仕方を観察、把握していること、また、緊急時の救急体制を整えておくこと等も、極めて重要なことである。
 発達に応じて、自らの危険に気づいたり、危険を避ける、危険に近づかない判断力、行動を育てることも重要である。自分の安全を守ることのほか、仲間の危険にも気がついたり、仲間に危険な状態をつくらないことも徐々に育つような保育的配慮が求められる。保育所保育指針の随所に重要事項として強調されている「安全指導」が、これに相当する。

2. 固定遊具の安全管理
 園庭の固定遊具は、保育所内での事故の割合からみて、発生度が高い場所である。固定遊具に使われている材質やその使用状況等によって、劣化の状態はさまざまであるが、ボルト・ナットの緩み、金属部の磨滅、木製部の腐食、亀裂等は、大きな事故につながりやすいこのような劣化をいかに早期に発見し、状況に応じて修理・補修を行う安全管理が徹底されているであろうか。
 本調査では、固定遊具の点検の状況・担当者、点検頻度、そのための点検リストの有無、点検方法等について尋ねた。保育室、事務室、昇降口、便所等は約80%の保育所で毎日、安全点検を行われている。しかし、固定遊具や園庭の地表、砂場の毎日の点検率は低率である。また、点検者が複数である保育所が少なくないが、固定遊具に関する安全点検リストが整備されていない保育所が約半数であることを考えると、各遊具別の点検表が作成され、点検者が異なっても常時、綿密で頻度の高い安全点検が全保育所で実施されることが望まれる。点検表も事故記録簿と同様に、主要内容は主観的な文章形式を避け、担当者・記録者が代わっても同一形式で記録される工夫が望ましい。また、安全点検の結果を記録として残すことは、事故記録簿のほか、「問4−職員が事故防止に関する研修・講習等を受けた際の記録を残すこと」と同じく、保育所が事故防止にいかに取り組んでいるかを明らかにするために重要な記録となる。

3. 事故記録
 発生した事故の記録は、どこにつけられているかについて尋ねた結果、独立的な帳簿への記載がやや多いものの(48.4%)、保育日誌への記録とほぼ同率である。また、負傷部位、負傷等の記録方法については、手書きで記載する方法をとっている保育所が多い。負傷した子どもの服装(履物・持ち物を含む)補日の天候等が、故発生の直接的、間接的な要因になっている場合もあるが、記録する事項を尋ねた結果では、これらについては記録から除外しているところ妙なくない。
 嘱託医への連絡・報告、嘱託医からの指示内容、医療機関への連絡時刻などについての記録は、「必ず記録している」ところがある一方、「記録していない」保育所もある。保護者への連絡方法、連絡者、連絡時刻、連絡・報告内容や報告時の保護者の意見などについては、記録していないところもある。
 本調査では、「事故後、保育所と保護者との間で問題が残った・トラブルにまで発展した事例」について自由記述で尋ねているが、状況に応じて、事故の発生状況、その後の対応、経過等を正確に保護者等に説明するためにも、これらの事項は独立した記録に止めておくことが肝要である。
 個々の事故を概略的に記録しておくという目的からすればそれで十分であろう。しかし、それまでの各保育所の安全管理や安全指導のあり方を検討し、必要に応じて改善することにより、類似事故の発生防止に役立てる、すなわち、個々の事故事例をその後の保育に活かすためには、各事故の原因や状況について、多面的に記録し、その後の保育に活かしていく視点も必要と思われる。
 さらに、次のような視点から、帳簿の記録方法を工夫、改善することも必要であると考えられる。日本保育協会による「保育所保母業務の効率化に関する調査研究」(平成10年3月)でも指摘されているが、業務の能率化に加えて、複数の職員が関わる帳簿類の記載は、極力、主観的な記述を避けるとともに、各保育所に関係するデータを蓄積し、その後の保育に活用していくためには、パソコンが普及した今日、帳簿の記号化を積極的に導入していくことが課題となっている。

4. 「ヒヤッとした・ハッとした」出来事と事故防止
 事故防止対策の基本は、「事故に学ぶこと」と言われる。最近、ようやく医療事故・医療ミスをいかに防止するかに医療関係者の関心がもたれはじめた。過去に同じような事故、ミスが起こっていながら、同様な、あるいは類似の事故・ミスが発生している背景には、他の医療機関での事故・ミスに関する情報が共有されていなかったり、医療関係者に知らされていても、事故事例がその後の医療現場に活かそうとする意識の希薄さが指摘されている。
 医療現場や機械類を扱う職場等と保育所とでは、ヒューマンエラー(人間によってつくり出される事故の原因)の発生背景や組織的規模、業務内容等は同質ではない。しかしながら、保育士が「ヒヤッとした・ハッとした」ような胸をなでおろす出来事は、大きな事故につながる可能性が大きい。
 本調査では、各保育所での事故事例をその後の事故防止対策に活かしているかを尋ねるとともに、航空機のニアミスに相当するこのような出来事に対する関心度を尋ねている。実際に発生した事故事例の原因やその防止策を検討し、その後の保育に活かしている保育所は多いが、さらに、保育所での事故防止を図るうえで、事故に至らなかった、「ヒヤッとした・ハッとした」出来事にも関心が向けられることを期待したい。そのためにも、事故記録簿について触れたように、単なる記録や報告書、災害共済給付申請のための書類ではなく、事故の原因を検討し、類似事故の再発防止に役立てられる方策を見つけだすことができるような記録簿の工夫が必要となってこよう。

5. 保育所運営の変化と安全管理
 通常保育を中心としていたかつての保育所運営に比べると、保育時間の長時間化、乳児や低年齢幼児の増加、緊急一時保育、子育て支援センターの運営など、保育所は大きな様変わりをしつつある。これらの運営上の変化は、事故防止対策のうえからも、従来とは異なる視点や対応が求められる。
 例えば、乳児や低年齢幼児を受け入れ始めた保育所にあっては、この年齢の子どもの身体的、行動的な面から、施設・設備の安全点検の実施、必要に応じて速やかな対応策を講ずることが不可欠である。

6. 家庭における事故防止に関する啓発活動・協力の要請
 保育所も保護者から選ばれる時代である。保護者が保育所を選ぶうえでの評価基準のひとつに、安全な保育環境が挙げられてこよう。保育所での子どもの事故、事故防止のあり方についての保育所の基本的考え方が、機会あるたびに保護者に伝えられていることも重要である。また、施設・設備の安全点検をはじめとする安全管理の方法・内容などについて伝えることも、今後の保育所には欠かせないであろう。
 さらに、このことは、次のように、保護者に対する事故防止の重要性についての認識を深めるための啓発活動や協力の要請に関わってくる。
 保育所による啓発活動…子どもの安全に関わる習慣や行動は、保育所だけで身につくものではない。家庭における保護者によるしつけが大きく影響している。また、子どもの家庭での生活就眠・睡眠(就寝時間、睡眠時間)、朝食の欠食や週末の過ごし方(子どもにとって負担の大きな遠出一疲労)などが事故にむすびつく背景要因となることも少なくない。
 保育所における子どもの事故防止は、保育所が最大限の対応をしなければならない部分があるが、家庭においても適切な対応が行われるように、保育所は保護者に子どもの事故、安全に関する情報を積極的に提供し、啓発活動を行うことも重要な役割であると考える。

7. 地域における子どもの事故防止活動
 保育所には、地域の乳幼児等の健全育成に積極的な関わりをもつことが期待されている。地域における子どもの事故防止を図るために、園児の通園路、園外保育で出かける児童遊園や街区公園(旧:児童公園等)の遊び場の安全管理状態についても、保育の専門家としての観察眼をもって、遊具等の安全点検を行い、必要に応じて自治体の管理担当部署に連絡するなど、地域における子どもの事故防止に対しても、保育所が専門的役割を発揮することを期待したい。

おわりに
 臨床心理学者・河合隼雄氏は、著書『子どもと学校』(岩波書店、1992年)の中で、「育てる“育つ」という両面から教育を考えることの重要性について、「幼児の成長と教師の役割」という視点から述べているが、その中で「関心をもって見守る」ことについての考え方は、保育所における事故防止、安全を考えるうえで極めて示唆に富んでいると思われる。その一部を以下に引用、紹介しておこう。
 「見守る」ことがいいと言っても、次のような場合はどうだろう。今までおとなしいと思っていた子が木に登りはじめる。元気になったのはいいとして、この子が落ちてけがをすると、教師の管理責任を問われることになる。どうするか、などと考える前に「やめなさい!」と、とめてしまう人も多いのではなかろうか。
 そのようなときに、せっかく今まで元気のなかった子が「腕だめし」をはじめたのだから、もう少しやらせてみよう。少しぐらいのけがなら大丈夫だろうか、ともかく近くにいて、あまりに危険なときには止めよう、とか判断しなくてはならない。また、子どもの行為があまりに危険なときはすぐに中止させる必要がある。
 このようなときに全体的状況を見て決断する力を、教師は養っていなくてはならない。先の木登りの例からもわかるとおり、子どもの自主性、個性を育てようと思うかぎり、ある程度の危険は避けられない。本当に価値があることで危険性がないことなど、世の中あまりないのである。教師の「危険に対する許容度」が高いと、子どもは案外事故を起こさないものである。逆に何でもかんでも「やめなさい」、「危ないよ」などと連発する教師のもとでは、子どもがよく事故を起こすものである。一般的に言って、子どもの自由をきつく制限したがる教師は、自分自身に不安が高い人が多い。したがって何に対しても、「危ない」と感じてしまうのだが、そのような態度が子どもを刺激して、かえって不安定さを強くしてしまい、事故が増えるのである。
 このように考えると、教師は外から見ると何もしていないように見えながら、心のなかでは大いに仕事をしていることがわかるのである。あっちへ行っては「やめなさい」と言い、こっちへ行っては「こんなふうにしてはどう」と教え、大活躍をしているように見える先生は専門家とは言えない。「あの子、あれで大丈夫かな」、「けんかをしているけれど、もう少し子どもたちにまかせてみよう」などと心の中が大車輪で動いていても、落ちついてそこにただいるだけというのが、理想の教師と言えるのではなかろうか。

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